自然災害
2018年の西日本豪雨。7月7日朝、倉敷市災害対策本部では、テレビ画面に映し出された市内の様子に驚きの声があがります。「夜だからわからなかった」。
そんな言い訳は通用しません。アメダスは自動観測です。 倉敷市を流れる高梁川や小田川の上流部の観測点では、6日夜までの雨量が300 mmを超えていました。この雨は局所的なものではありませんでした。倉敷市の災害対策本部には、 […]
「どうにか患者の命は守れたが、大災害への備えが不十分だった」。西日本豪雨で浸水して孤立し、
患者避難を余儀なくされた「まび記念病院」院長の話です。そうです、不十分でした。そして、多くの病院ではいまもって不十分です。 その場にいた医師と看護師は15人前後で、通常の半数ほど。差し迫った大きな課題は70人を超える入院 […]
「指示を待って、指示にしたがって行動する」。防災に限ったことではありませんが。台風のとき、学校から休校の連絡がないのに親の判断で休ませる家庭は、まずありませんよね。
そういうことがあってもいいはずなのですが。自分の安全を自分で考える。あたりまえのことのようですが、これが案外難しい。自分勝手なひとはいくらでもいますが、自分の安全を考えるということは、それとは別のことのようです。
文書は作ったが運用できない避難確保計画。よくあることです。こういうものは、いざというときに運用できなければ意味がありません。
確実な運用のために何が必要か、よく考えてみる必要があります。 都内で紅葉が色づく
避難確保計画、8万余の対象施設中4万余が提出しています。あとは進捗率を上げることと、仏に魂を入れることでしょうか。
せっかく用意した避難計画が運用できなくてはしようがありません。 熊本豪雨 被害を受けた家財などが路上に置かれていた
避難確保計画の進捗はようやく半分です。しかしむしろ、短期間によくこれだけのことができたものです。
なにせ、対象施設(自治体から指示のあった老人養護施設、学校、病院などでは作成して提出することが義務化)は今年の時点で8万件を超えています。山陽新聞デジタル|さんデジ
大病院の患者避難、実施したのに何もなかった、となると判断したひとは立つ瀬がありません。たとえば、
9月初めの台風10号のとき。鹿児島病院には高潮の危険が迫っていました。患者避難は検討しなかったようです。高潮は起きませんでした。 うまくいったように見えますが、一歩間違っていたらどうでしょう? このとき、鹿児島港の潮位は […]
7月の九州豪雨で被災した熊本県の特養千寿園は運営主体が事業中止を決めたようです。人命にかかわるような被災は事業継続にとって決定的です。
7月3日から4日にかけての千寿園の対応には間違いがありました。しかし、行政にも間違いがあったようです。間違いはどうやったら防げるのか、そして減らせるのか、それを考えておく必要があります。 千寿園は土砂災害を想定した避難確 […]
災害の爪痕は今も残っています。緊急時の判断は難しく、ひとは誰でも間違えます。しかし、間違いを防ぐことはできます。
もうひとつ、間違いを許容するシステムを作ることもできます。 熊本豪雨から4ヵ月141世帯238人なお避難